トップページ > 解説:黒酢の秘密「いまに生きる日本の名酢のしるし(2)」

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黒酢の秘密「いまに生きる日本の名酢のしるし(2)」

人見必大は、徳川幕府に仕えた侍医を父とした医家でした。

30余年にわたって庶民の日常食物の気味(薬品としての味や性質)・主治(どういう病気に効くかという説明)を捜し求め、中国明時代の本草書「本草綱目」によって分類整理し、「本朝食鑑」を編集しました。

必大は実験実証を経たものだけを記述するという態度を貫き、食品については産品の地に赴き、実地見聞したことを基に述べているので、この書は極めて信頼のおける書とされています。

「本朝食鑑」に書かれている中原法というのは、相州(今の神奈川県平塚市)中原の造りをいいます。

中原の佐藤金右衛門の造った酢を、代官成瀬重治が徳川家康に献上したのに始まって、1723年までの間、江戸城常用酢として用いられた歴史を持つ酢で、村から江戸虎ノ門までの街道は別名「御酢街道」と称したといいます。

吉原善徳寺は現在は静岡県富士市にあり、その昔、ここで造った酢を大阪に在陣中の家康に献上したとされます。

中原の造りは泉州の法を基にして、これにいろいろ工夫を加えたものと書いていますが、泉州の酢というのは、日本の最も古くから知られた名酢で、「庭訓往来」(南北朝後期から室町初期の作、作者不明)に初めて和泉酢として出てくるもので、「和訓栞」には「建長2年(1250年)ノ記に和泉郡御酢荘より酢を貢す」と書かれています。

大阪泉南郡の山直郷新在家村のことで、そこには酢垣内という字名もありました。

「本朝食鑑」の刊行は1697年ですから、それをさかのぼる450年前、既に名酢といわれていたのです。

さて、中原法を読んでいくと、飯・水・麹を瓶に入れた後、「厚紙で覆うて内蓋とする」とあります。

その上さらに木蓋で口を覆い、柿渋紙で封すると書かれています。

厚紙の内蓋は外蓋とはまったく別の意味を持っていることがわかります。

そしてこの内蓋は、2、30日ねかしてから開封すれば沈んでいて、酸味が出ていると書いてあります。

今、厚紙の内蓋を振り麹に置き換えてみると、その後の落ち方もよく似ていて、中原法と黒酢の法はこの一点で一致しているといえます。

中原法は、当時の名酢の産地である和泉酢はもちろんのこと、駿州の田中・同州の吉原善徳寺の法とも同じであるとしているので、日本で昔、商品として売られていた酢の代表的な造り方とみて差し支えないものと考えられます。

恐らく日本各地の名酢の造り方が大隅にも伝わってきて、大隅の地かまたは伝来の途中で、厚紙から振り麹と桐葉の覆いに変わっていったのではないでしょうか。

参考にしてみてください。

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