トップページ > 解説:黒酢の秘密「黒酢造りのルーツ(3)」

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黒酢の秘密「黒酢造りのルーツ(3)」

黒酢(福山酢)のように一つのカメで全ての工程を処理し、色つきでしかも味がまろやかで、薄めずにそのまま飲める酢は現在ほかには見あたりません。

このような酢はどんなルーツを持って現われたのでしょうか。

その手掛かりを秘めた酢造りが、大隅の山家で行なわれていたと、佐藤成裕の書にあります。

「中陵漫録」がそれです。中陵は成裕の号です。「中陵漫録」の大隅の酢は万年酢という項目で書かれています。

「万年酢の法は、黒米1升、少しこわく炊き、味噌麹3合を入、水2升にてよく相和し、押付て、其上に又、麹を少しぶり、其上を桐葉にて覆ひ、随分静かなる処の軒の下、或大樹の根本など、日当の宜き処に其壷を半分程出して埋置、壷の蓋をして風の入ぬ様に目張して、其蓋の上に鋼銭一文置くべし。

其銭、黒く青く鉛出る時は、開き時々用ゆべし。茶碗に一杯汲取れば、一杯を入る。如此して翌年の其比に、此中に米麹を入る。絶て尽る事なし。

是を万年酢と、隅州の山家皆、此酢を作用、若此法の如くして、酢にならざれば、上酢を12杯入てよく相和し置く時は、必ず上酢となる。

又一法に、梅の半熟なるを採り、塩を煮立、瓶中に共に入置時は、日を経て酢となる。是れも一盃取れば、一盃水を入れ塩を加ふ。平生たえずして僻邑必製すべし。且又、魚肉及病人用て大に宜し。」

日本の各地で造られていた万年酢は酒が原料になりました。

泗と酢と水を混ぜて酢をつくり、でき上がった酢を汲み上げると、その分だけ酒と水の等量混合液を加えて再び酢を造ります。

こうすればいつまでも酢が絶えないから「万年酢」とよんだのです。

しかし大隅の万年酢は米が用いられています。

この地では清酒が造られませんでした。それに代わって灰持酒が造られていました。

これは酒造りの最後の段階で、膠に灰を加えてアルカリ性とし、酒の持ちをよくしたものです。

鹿児島では地酒と普通よんでいます。

しかしアルカリ性の灰持酒では酢を造りにくいです。

そのようなことから大隅の山家では、米で万年酢を造っていたのでしょう。

「中陵漫録」に飯と麹と水を混ぜてツボに入れ、その上にまた麹を少し振り、さらにその上を桐葉で覆うと書かれているのは、正しく黒酢の振り麹と同じ操作です。

最後の桐葉で覆うということは現在の造りには見られませんが、その後に続く日当たりのよき処にツボを置くのも同じであり、また仕込み配合を計算すると、麹歩合23%、汲水15〜4水となるのに対し、黒酢の戦前の配合は麹3升、蒸米6升、汲水1斗7升が標準とされていたので、麹歩合33%、汲水19水となり、150年もの年月の隔たりを考えれば、両者の違いは大差がないものと判断してよいと思います。

「中陵漫録」の万年酢には、蓋の上に銅銭一文を置くという庶民の知恵も書かれていて面白く、大隅の山家で広く行なわれていた様子が窺われます。

このように見てくると、黒酢のルーツは、同じ生活圏隅州の山家の暮らしの中に求めることができたと指摘するほうが当を得ているといえます。

因に福山は、当時大隅国曽於郡に属していました。

では、黒酢の創始者竹之下松兵衛は、山家ではなく日置で何を学んだのでしょうか。

極めて大胆な憶測を許して頂ければ、隅州の山家で酢が造られていたのであれば、日置の人が同じ造りをしていても不思議ではありません。

そして日置では隣村の苗代川のカメを使って酢を造っていたのではないでしょうか。

海辺育ちでダイダイ酢しか知らなかった松兵衛は、日置で知った酢にとりつかれて、酢造りを試み、大きさの異なる苗代川のカメの中から苦心の末、最適の大きさを見つけ出し、酢造りに自信を得、ついには黒酢を商品にまで仕上げましたが、その造りは元々同じ地域の山家での造り方と変わらなかったのではないでしょうか。

参考にしてみてください。

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