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黒酢の秘密「薩摩にあった格好のアマンツボ」

福山の酢造りには始祖の使ったカメが今も用いられています。

このカメの大きさは胴径約40センチ、高さ約62センチ、口径約14センチで、肩の前後左右に4個の小さな耳が付いています。

このカメは約3斗(54リットル)の水を入れることができます。

色は黒茶色ですが、必ずしも一様ではありません。

現在残っている古いカメはどれも苗代川(今の鹿児島県東市来町美山)で焼かれたものです。

苗代川は薩摩焼の代表的な焼場の一つです。

薩摩焼は、豊臣秀吉の朝鮮出兵がもたらした朝鮮からの文化移入です。

各国の戦国大名は競って朝鮮の陶工を連れ帰りましたが、時の薩摩の藩主島津義弘も茶道を千利久について学び、ついにその伝授を受けたほどの茶人でしたので、焼物には深い関心を持っていました。

義弘が連れ帰った陶工の一班は苗代川に移され、土地の人との通婚も禁じられ、朝鮮の風習をそのまま守って焼き続けました。

この焼物は一般に「黒モン」とよばれ、台所用品から日用雑器にまでおよび、薩摩の人々の生活に深く浸透していただけでなく、文化年間(1804〜17年)ごろからは他国にまで売られていました。

さて、始祖の使ったカメが既製のものであったか、またはアマンツボとして、形状・大きさを指定して特別注文したものであったかは、たいへん興味のある問題ですが、黒酢(福山酢)の製造が始まった1800年代初期には、このカメは薩摩で日常の食用カメとして焼かれていたものであることがわかっています。

それは苗代川焼と同系統の柚薬を用いた高尾野焼の味噌カメが、最近高尾野町で見付かったと、鹿児島県北薩地区有形民俗資料調査報告書が報告し、その大きさ・形状が上記のアマンツボとほとんど同じだからです。

これは胴径40センチ、高さ68センチ、口径20センチで、4個の耳も付いています。

ただ高尾野焼には表面に大黒の飾りが付けられており、口径が幾分大きいことぐらいが異なるところです。

このカメには明和7年(1770年)11月吉日と日付けが刻まれており、酢造りが始まった頃より4、50年前のものです。

このことから、松兵衛は大きさ・形状の異なる各種の苗代川焼を用いて試醸を繰り返し、酢造りに最も適したカメとして、現在に伝わるアマンツボを選んだのではなかろうかと考えられます。

酢造りを試みるに当たって、適したカメが手近に得られたことは、松兵衛にとって誠に幸運なことであったといわざるをえません。

参考にしてみてください。

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