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黒酢の秘密「敗酒からの酢造り」

酒を原料にした酢造りの最も古い文献は、奈良時代天平11年(739年)「伊豆国正税帳(正倉院文書)」です。

そこには「合演武拾捌解渫斗壱升壱合(合酒28石7斗1升1合)雑用参解玖斗壱升陸合(雑用3石9斗1升6合)3斗7升織錦併神明膏万病膏等酢分」とあり、酒を酢分として計上しています。

しかし、酒から酢ができることを知っても、庶民の生活の中では、せっかく造った貴重な酒をわざわざ酢にすることには躊躇を覚えたと思われます。

ところが好むと好まざるにかかわらず、酒はよく腐敗しました。

この腐って味のこわれた酒は「敗酒」といわれました。敗酒は普通酸っぱい。それ故酢にすることには支障がありませんでした。

わが国の民間で酒の商品生産が始まったのは、14四世紀ごろからといわれていますが、とくに、室町幕府が重要財源を酒屋、土倉(質屋)に求めたときから酒造業は急速に伸びていきました。

しかし酒造りの技は後々までも幼稚であり敗酒も多く出ました。それは、その時代どんな酒が造られていたかを知れば自ずから推察できます。

中世、近世の日本には清酒といって、今日のような酵母の発酵能を高める段掛け(一度に仕込まないで何回にも分けて仕込み、だんだん量を増していく仕込法)という仕込みも行なわれ、アルコール濃度の高い酒も造られていましたが、日本全体から見れば清酒の醸造高は少なく、庶民の中にとけ込んでいたのは濁酒すなわちどぶろくでした。

たとえば、文政3年(1820年)〜7年の仙台藩の酒造米から推定すると、87%が濁酒、僅か13%が清酒であったといいます。

この辺の様子を書いた文献は多いですが、たとえば夢之代(山片幡桃、1802年)には「古ハ濁酒ヲ始メ薄手酒ニテ大害モナカリシニ、近年ダンダン醇酒ヲ造り出シ、ソノ美古今二絶越シ、其ノ害モ甚ダシ、日本に清酒ヲ造ルコト、三百年斗リノ由ナリ、今ニテモ諸国ノ酒ウスシ、奥羽越信ノ国ニハ、今二濁酒ヲ用フルコト多シ」とあります。

また、北窟珀談(橘南硲、1829年)には西国の様子が書かれています。

「酒の今のごとく清酒になりしは、複に百四五十年此のかたの事とぞ、今にても西国の偏地は皆濁り酒なり」

濁酒が薄い酒とあるのは、一段仕込み(一度に全部を什込んでしまう仕込法)が多く、したがって酵母の発酵能も弱く、それ故、もともとアルコール濃度が低いが、その上、濁酒屋では熟成後和水して袋に入れ揉みながら絞ったので、アルコール、酸ともいっそう薄まったためです。

こんな濁酒であったから、その酸敗は思いやられます。

参考にしてみてください。

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