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黒酢の基礎知識「黒酢の歴史」

酢は昔から薬としても利用されてきました。

もっとも、酢は古くから日本人の生活の中に調味料として溶け込んでおり、すでに、奈良天平時代(八世紀)に成立したといわれる万葉集に酢に関する歌が載っており、貴族の間では酢の利用が日常化していることが知られます。

伝承によると日本の酢造りは応神天皇の御代(四世紀後半)に酒造りの技術とともに、中国から韓国を経て和泉の国(大阪府の南部地方)に伝えられ、飛鳥文化を成立させた大和地方に広がったと言われています。

本家の中国では酢のことを、昔から「苦酒」の別名で呼んでいます。これは、酒を長く置くと酢に変り、苦い酒になることから名付けられたものです。

中国では調味料として、紀元前から造られており、二世紀末にはすでに薬として、血液の流れを良くし、黄疸を治す肝臓病の漢方薬等の中に配合されるようになっています。

長い経験から中国の人は米酢に素晴しい薬効のあることを知っていたのです。

さて、日本に伝わった酢の醸造法は江戸時代になって、紀州の粉川、尾州の平田、相模の中原、駿河の善徳寺などにも広まり、それらの地方でも造られました。

一方、南九州の薩摩半島でも、中国の難波船が漂着して伝えたとも、豊臣秀吉の朝鮮出兵のときつれ帰った韓国の人々が伝えたともいわれる酢瓶で遣る、黒酢などの独自の酢醸造が盛んになりました。

しかし現在では、戦争中、原料米が統制になり酢造りが中断されたことや、4ヶ月以上の手間暇のかかる酢を造るより、手っ取り早くできるアルコール酢や合成酢を造った方が経済的であることや、醸造過程で、酢までいかず酒の所で打ち切って市場に出した方が利潤が上るなどの理由から醸造業者がどんどん減り、今では本物の米酢を量産できるのは、薩摩焼の瓶で造る鹿児島県福山町地区の黒酢と、杉の大桶で造る奈良県大和三輪山の米酢のみになってしまいました。

本当に体によい本物の米酢や黒酢を、昔のように他の地域でも造ってほしいものです。

尚、少し補足しておきますと、玄米又は八分づき米で作られた色の黒い米酢のことを「黒酢」、精白米で作られた色の透明な米酢を「白酢」と呼び区別しています。

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